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はじめまして因州和紙とは和紙作り体験お買い物ガイドよくある質問

和紙とは

和紙の特徴

和紙は楮(こうぞ)、三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)などの靱皮繊維を原料として、これらの長い繊維を十分にしかも均一に絡み合わせるために、「ネリ」と言われる植物性粘液を混入して水の中で攪拌(かくはん)して、一枚一枚漉きあげ、乾燥して作られます。

この製法は手先の器用な日本人が考案し普及させた独特のもので熟練した手さばきを必要とします。

こうして作られた和紙は、外観面では天然の繊維特性がそのまま活かされ、優美で柔らかく、しなやかで軽く、通気性に富み手触りが良い。そして実用面では、いずれの機能にも融通性が高く、自然な強さを持つという、優れた特徴を持っています。

和紙と洋紙の違い

「洋紙は百年、和紙は千年」の言葉がありますが、大宝二年(702年)の日付のある正倉院に残されている書物を見ることができるのは、酸化されにくいという和紙ならではの保存性の良さを何よりも証明しています。

因州和紙の歴史と伝統

因州和紙の歴史

因州和紙は古くから鳥取県東部の旧国名、因幡の国で生産される手すき和紙の総称であり、現在、鳥取市佐治町(旧八頭郡佐治村(やずぐんさじそん))と鳥取市青谷町(旧気高郡青谷町(けたかぐんあおやちょう)の2ヶ所で受け継がれています。

因州和紙の起源は定かではありませんが、8世紀半ば奈良時代の正倉院文書の中に因幡の国印が押されたものが発見され、正倉院に保存されています。
また、、平安時代の「延喜式(えんぎしき)」(905〜927年編纂)に因幡の国から朝廷に紙70斤が献上されたという記録があります。

これらのことから、因州和紙は1200年を越える歴史があるといわれています。

山々から流れる豊富な清流と、原料の楮など自然の恵みを受けて、因州和紙の生産は年を追って盛んになり、1600年頃(慶長年間)には鹿野周辺を治めた領主、亀井滋矩(かめいこれのり)候の御朱印船貿易によって海外にまで輸出されたといわれています。
そのため因州和紙の原材料である楮(こうぞ)、雁皮(がんぴ)の名が亀井候文書に「切ってはならない木」と記されています。

江戸時代には、特に因州和紙は藩の御用紙としても、庶民の使う紙としても盛んに生産され、紙座で取引されました。
貴重な産品として鳥取藩の手厚い庇護を受けていたことは、紙すきの労働唄として江戸時代から代々伝わる「紙すき唄」でも伺い知ることができます。
紙すき歌の詳細はこちら

明治時代に入ると県の指導により和紙の原料となる三椏栽培に力が注がれるようになり、近代的な紙の漂白技術の導入、他県から技術導入した合理的な生産方式などとあいまって、因州和紙を製造する工場数は江戸時代の約500から、1300以上に増加して、生産が飛躍的に向上し、その勢いは大正末期まで続きます。

昭和に入ってからは洋紙の生産力が向上して、それに反比例して、因州和紙は庶民が使用する紙の地位を洋紙に徐々に明け渡していきます。
また、変わった利用法として、第二次世界大戦中に日本軍が作った「気球型爆弾」の気球原紙として、因州和紙の楮紙抄造技術の優秀性が認められ、政府から生産を依頼されたほどです。

戦後、それまでの主力製品であった事務用薄葉紙、障子紙等は事務機の台頭や生活様式の激変で壊滅的な打撃を被りました。
しかし、因州和紙は画仙紙等の書道用紙と工芸紙、染色紙に力を注ぎ、その優れた品質は、他産地の製品を圧倒し、現在に至るまで全国の多くの和紙愛好家や書道家に愛用され、画仙紙・半紙など書道用紙の日本一の産地として全国に名を馳せています。

21世紀に入った今、因州和紙はその伝統技術を基礎として、立体形状の紙や機能和紙の開発等、新製品の開発に更に力を注いでいます。

このように、それぞれの時代のニーズに対応するために技術革新を重ねてきたのが、「因州和紙」なのです。

歴史を伝える取り組み

■和紙部門で初めて国の伝統工芸品として指名されました

伝統的工芸品産業の特質に見合った振興対策を図ることを目的に、昭和49年5月に「伝統的工芸品産業の振興に関する法律が制定されました。

「伝統的工芸品」の指定にあたっては、

  • 製造過程の主要部分が手作りであること
  • 伝統的技術・技法によって製造されること
  • 伝統的に使用されてきた原材料であること

などの要件が規定されていますが、「手すき和紙」の伝統技術を継承する因州和紙はこの要件を満たしていると認定され、1975年(昭和50年)に全国の和紙の産地の中で一番早く「伝統的工芸品」の指定を受けました。

そして、11名が伝統工芸士として国から認定され、因州和紙の製造技術の伝承と向上にあたっています。

■「因州和紙の紙すき」の音が日本の音風景百選に選ばれました

環境省(当時環境庁)は平成8年に、「全国各地で人々が地域のシンボルとして大切にし、将来に残していきたいと願っている音の聞こえる環境(音風景)を広く公募し、全国から応募のあった738件の中から、音環境を保全する上で特に意義があると認められるもの」として、「残したい”日本の音風景100選”」を選定しました。

その中で、鳥取市佐治町(当時八頭郡佐治村)と青谷町(当時気高郡青谷町)に古くから伝わる因州和紙の紙すきの音は、伝統的な地場産業の音で、生活とのかかわりが深いと評価されて選ばれました。

静かな山中で、清らかな水に溶けたコウゾやミツマタの繊維を「チャポン、チャポン」と簀桁を揺らし紙をすき上げてゆく紙すきの音を聞くことができます。

■江戸時代から伝わる「紙すき唄」

「紙すき唄」は江戸時代から伝わる作業唄で、現在でもイベントなどで踊りとともに披露されています。
唄の中に、  

因州因幡の手すきの紙は
    殿の御用でおさめ紙
  因幡手すき紙お殿様に納め
    蝶の御紋を許される

と唄われているように鳥取藩の御用紙として庇護を受けていたことを伺い知ることができます。

ちなみに「蝶の御紋」は鳥取藩主池田家の家紋である「丸に揚羽蝶」を指しています。

■イベントで紙すき踊りを披露する風景です

■「紙祖碑」をお奉りしています

佐治紙祖碑

佐治の郷にいつの頃から紙すきが始まったかは定かではありませんが、史実をたどれば千数百年の歴史があるものとされています。
この碑は長い歴史の中で、紙業に携わった先人たちの偉業と、その伝統と反映を願い1963年(昭和38年)に建立され、半世紀近く経った今でも紙業関係者が集まり、毎年11月23日に佐治紙祖碑祭りとして神事・祭典が執り行われています。

書道用紙日本一の理由

「因州筆切れず紙」と呼ばれたゆえん

「なるほど、この紙は確かにいいや、
書き心地のよいこと、今まで使ったことがない。
他の紙で一枚書くうちに、この紙なら二枚も書ける。
おまけに不思議なことはその割りに筆がちっとも切れぬ。
そして早く運ぶから墨も減らない。」

「ウム、それは確かに変わっている。
筆切れずの紙だね。」

(田中兵十郎伝より)

因州和紙は、時代とともに変化する庶民の生活に対応しつつ引き継がれてきました。
そのため抄造品も多岐にわたっています。
書道用紙もその一つです。
楮・三椏・雁皮の三大原料をはじめ、藁・茅・竹・木材パルプなどを巧みに配合して漉かれた紙は、冴えた墨色を現し、墨の濃淡・滲み・かすれなど表現力に優れた書道用紙になります。
また、種類が豊富なことでユーザーの求める紙質に対応できることから評価をいただき、書道に限らず水墨画・日本画など絵画用の紙としても幅広く使われています。

そして、高い評価を受け続けた結果として、今日、因州和紙は書道用紙の全国シェアの60%を占め、「生産量日本一」の地位を守り続けています。

因州和紙ができるまで

原料から因州和紙ができるまでを見てみましょう。

1.原料

楮(こうぞ)、三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)の皮が和紙の主原料です。
その他にも藁(わら)、竹(たけ)、木材パルプなどがあります。

2.煮る

原料に含まれる不純物を取り除くため、消石灰・ソーダ灰などアルカリ性溶解液で、原料を2〜4時間煮続け、純粋な繊維だけを取り出します。

3.水洗い・さらし

以前は煮えた原料を清流に浸して粗洗いし、これを流水中に薄く広げて一昼夜水洗いしていましたが、現在では工房内の水槽で行っています。
そして晒(さらし)し液で漂白。蒸してやや赤みがかかった原料も3〜4日すると水や光の自然作用で白くなります。

4.ちり取り

原料に含まれているちりを一つずつていねいに取ります。
水の中で行う「水より」と、水から出して行う「空(から)より」の二通りの作業方法があります。
根気のいる作業です。

5.叩解(こうかい)

原料の繊維を分散し、繊維の特徴を引き出す作業です。
現在は、この叩解(こうかい)作業は主に機械に任されていますが、機械がない時代は棒で叩いていました。
この作業が終わると、原料は「紙料(しりょう)」となります。

6.紙すき



水を張った「漉(す)き船」と呼ばれる水槽に、叩解(こうかい)された紙料(しりょう)を入れ充分に攪拌(かくはん)し、紙料濃度を一定にします。
さらにネリ(※注)と言われるのり状の液を加え、原料の繊維を均一に分散し、簀桁で一枚一枚紙を漉いていきます。
漉きあげられた和紙は、漉き桁からはずし、押し板の上に一枚ずつ積み重ねられていきます。
冬場は水がつめたくつらい仕事です。

かみんぐさじでは省力化装置を導入して労力を軽減しています。

(※注)ネリ・・・サナ(トロロアオイ)という植物の根のノリを使いますが、今は科学粘剤を使用するところもあります。
このネリにより水中の繊維を均一に保つとともに紙すきを容易にし、和紙独特の強靭さと色つやを生み出します。

7.脱水

漉き重ねた紙は、一晩放置し、翌朝圧搾機で脱水します。
最初は軽く、次第に圧を加えます。
昔はテコが用いられていました。

8.乾燥



紙の乾燥は、天日乾燥と火力乾燥の2通りがありますが、現在はほとんど火力乾燥が行われています。
脱水された紙床(かみどこ)から湿った紙を一枚ずつはがして、適度に熱した鉄板に刷毛(はけ)を使って張り付けて乾燥します。(刷毛を使う力加減で、紙にゆがみやシワができるので注意しなければなりません。)
夏の暑い日は大変な作業です。

9.裁断

乾かした紙は、穴があいている紙、ゴミのついている髪など不良な紙を検査しながら取り除き、決まった枚数にそろえていきます。
そして、画仙紙、半紙など紙の種類に応じて、それぞれの寸法に裁断します。

10.荷造り

紙は反、締めなどの単位にまとめられ、製造元の印を押した包装紙に包みます。
それから問屋へと運ばれます。

木から原料ができるまで

和紙の原料となる木を刈り取り原材料を作るまでを、NHKが昭和30年代に佐治で取材して制作した貴重な映像からピックアップしてご紹介します。 和紙作りの手間のかかる様子を垣間見ることができます。

1.木を刈り取る



山で三椏、楮、雁皮という和紙の原料となる木を育てて刈り取ります。

刈り取った木は束ねて背中にしょって持ち帰ります。

.蒸す

皮をむきやすくするために釜で蒸します。

.皮をむく

一本一本皮をむきます。ここでむいた皮を「黒皮」と呼びます。

4.黒い皮を取り除く

表の黒い皮を包丁のような刃物で削るように取り除きます。
※残念ながらこの作業の映像は撮影されていませんでした。

.水に晒す



川の水に晒して皮に含まれる、いらない成分を洗い流します。
映像は雪が降る中での作業でした。

紙を作るにはきれいな水が大量に必要です。

乾燥させると、このような原材料ができあがります。